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ホンダの水素燃料電池車、クラリティに公道で試乗。


HONDA FCX CLARITY
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HONDA FCX CLARITY



10年は長すぎます!


米国に続いて日本でもリース販売が始まったホンダ FCXクラリティ。
一般公道で乗るチャンスを与えられた本誌記者は困惑顔で戻ってきたのだった。
文=齋藤浩之(本誌) 写真=小野一秋



 美しいメタリック・カラーに包まれたクラリティを無事ホンダの広報部に返した後で、僕はひどく複雑な気持ちを抱くことになった。
 この絶望したくなるようなギャップはいったい何なのか。たった今まで感嘆しながら走らせていたクラリティと同じようなクルマを、僕らが自分のクルマとして手にすることができるのは、10年も先のことなのだ。


最高のホンダ車

 この日、170km強を走って実感したのは、クラリティが最高にして最良のホンダ車だということだ。こう言っていいのなら、それは並外れたスーパーカーである。スタイリングの先進性がそうなら、インテリアの居心地の良さも抜きん出ている。
 そして何より、走らせてもこれはベストのホンダだ。ナチュラルな操縦性、素直なハンドリング特性、シトロエンを想起させるような乗り心地。何もかもが素晴らしく洗練されていて、まるで狐につままれたかのよう。それが燃料電池を使った電動カーだということを忘れても、素晴らしいサルーンである。さまざまな新型車に触れる機会が日常的にある人間ですら驚きを覚えずにはいられないのだから、ごく平凡な、というか平均的なミニバンしか知らないひとが、もしこれをドライブする機会を得たなら、ショックのあまり卒倒してしまうのではないか。そう思いたくなるほどに、クラリティは素晴らしいクルマだったのだ。
 美しい衣に隠された機械の完成度の高さには、疑問を挟む余地がない。そうでなければ、ここまで洗練された乗り物になりようがない。
 ごく当たり前に、ステアリング・コラムの右側にあるメインスイッチを2段階捻って主電源を入れた後に、メーター・ナセル左下の少し奥まったところに置かれた「パワー」ボタンを押すと、キュイィーンという音とともに、燃料電池が作動準備を始める。ちょうどパソコンがOSを立ち上げるような感じで、でも、あの苛立つような遅さと較べれば呆気ないほど短い待ち時間で、メーターの中の表示は「スタンバイ」から「レディ・トゥ・ドライブ」へと切り替わる。明るいブルーとグリーンのドットの多寡で状態を立体的に表示するメーターは、なるほど未来的な予期を誘う。でも、メーター左にちょこんと生えたパドル状のドライブ・モード・セレクト・レバーを「D」に入れれば、あとはアクセレレーターとブレーキ、ふたつのペダルとステアリングホイールをごく当たり前に操作するだけで、クラリティは走る。特異な操作はなにひとつ要求しない。AT車に乗りなれたひとなら、ものの1分もレクチャーを受ければ、まるで乗りなれたクルマのように走らせられるだろう。こけおどしなし。
 いざ、走り出せば、あとはもう洗練された滑らかでストレス・フリーな走行性能に感じ入るばかりだ。
 時おり燃料電池に送風するためのポンプが作動して、それが停車中だったりすると「フワァー」という音がけっこう耳についたりすることはあるけれど、なにかこう改良して欲しいと感じたのは、ただひとつそれだけだった。たったひとつである。

HONDA FCX CLARITY/ホンダ・FCXクラリティ
(写真上)シート表皮やドア内張りといった直接、手や身体が触れる箇所にはトウモロコシを原料にしたバイオ・ファブリックが使われている。
(写真中)飾り立てずシンプルにまとめられたインテリア。明るく開放的で、かつ落ち着きもある。流用品のナビがひどく時代遅れに感じられた。
(写真下)ドライバー真正面に位置する集中メーター。停車中ゆえ、外周部にある出力計の帯は未点灯。優れた計器の見本といいたい見やすさ。
HONDA FCX CLARITY/ホンダ・FCXクラリティ
FCXクラリティは前輪駆動。駆動用の高出力(136ps)交流同期型電動モーターは、フロントアクスルの真ん中に位置する。ドライブシャフトはモーター(とそれに同軸配置された減速機)の中心を貫通している。いわゆる変速機はない。そして、モーター上に制御用ユニットが載る。これらと3層式冷却ラジエーター(駆動ユニット用/燃料電池スタック用/エアコン用)が収まる、いわゆるエンジン・ベイのサイズは、見てのとおり、軽自動車用のそれと変わらぬほどに小さい。水素と(空気中の)酸素を化学反応させて電気を作る小型高出力(100kW)燃料電池スタック(発電装置)は、水素供給システムなどの補機ともども、運転席と助手席の間のセンター・トンネル内に配置されている。FCXクラリティのボディ・サイズは4845×1845×1470mm。

後席下には発進や加速時に電力を補う補助電池(リチウム・ポリマー)が置かれる。低負荷の定速巡航時には燃料電池から、減速時には駆動モーターから充電(エネルギー回生)されて出番に備えるほか、停車中などはエアコンの電源にもなる。その後方、リアアクスル上にはエネルギー源となる水素を蓄えておく大きな高圧タンク(約350気圧)が押し込まれている。容量は171リッター。ここに満充填された状態で水素そのものの重さはわずか4kg強にしかならない。満タンでも空タンでも車輌重量はほとんど変わらないということだ。前後重量配分は53:47。前軸荷重は860kgあるから、トラクションに問題がおきることはまずない。後軸荷重も十分あるから後席の乗り心地も良好。荷室(衝撃吸収代の意味合いが大きい)は十分使える大きさ。

後席下には発進や加速時に電力を補う補助電池(リチウム・ポリマー)が置かれる
 ホンダ青山本社の地下駐車場でクラリティに乗り込んだのは10時半。帰館門限は16時。返却前に指定された川崎の水素充填ステーションで満タンにしなくてはならないし、撮影もある。空いたルートを選んでも、200km走るのがやっと、というのが現実的なところだろう。
 僕は、腫れ物に触るような特別扱いは一切しなかった。初めて接するクルマにはいつもそうするように、どんなふうに走りたがるクルマなのか様子を窺った。それは高級サルーンとして走らせて欲しいと訴えてくるクルマだった。でも、だからといってただそれらしく走らせただけではない。素性がわかれば、容赦なく鞭も入れる。内燃機関車のレブカウンターと似た働きをする出力計の光の帯が100kWの上限(最高出力=136ps)まで届く全力加速も試みたし、高速性能を確かめるべく、何度か官憲の目も盗んだ。加速性能は車輌重量1.6tを超えるサルーンに期待する水準に文句なく達していたし、速度リミッターの働く速度は必要十分に高かった。
 173km走って燃料計の残量はほぼ半分。車載コンピューターはあと150kmほど走れると告げていた。充填した水素ガスは2.084kg。燃費は83km/kg。燃費計は84km/kgと表示していた。ガソリン車の燃費に換算すると、22km/リッター相当! クルマの大きさと、省燃費運転を心がけたわけでは全然ないこの日の走り方を思い起こすと、驚異的な値だ。しかも、クラリティは走行中に有害排出ガスも二酸化炭素も出さない。
 しかし、である。途方もない生産コストの引き下げと、水素充填インフラ整備には、まだ10年もかかる。
 10年。それはほとんど手の届かない遥か彼方のように、僕には思える。




(2009年3月号掲載)
 
 
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