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トーマス・マイヤー&ASTON MARTIN VANTAGE


スモール・タウンの若者は、都会をめざす。



文=鈴木正文(本誌) 写真=森川 昇




黒い森の町


 「小さな町(スモール・タウン)に生まれ育ったんですよ。黒い森のなかの、スモール・タウンに」
 190cm級の長身のトーマス・マイヤーさん。肩書きはイタリアの皮革製品を中核としたファッション・ブランド、ボッテガ・ヴェネタのクリエイティブ・ディレクター。45歳。ボッテガ・ヴェネタは北部イタリア、ヴェネト州のヴィチェンツァに工房を構える。ボッテガは「工房」、ヴェネタは「ヴェネトの」という意味。1966年に生まれ、最高級の手づくりの皮革製品を送り出してきたが、1970年代、「イントレチャート」といわれる編みこみ式の製法によるレザー・バッグが、世界的に名声を博した。古くからの職人芸がまだまだ生きている典型的にイタリアらしいブランドである。
トーマス・マイヤー&ASTON MARTIN VANTAGE
 しかし、マイヤーさんはイタリア人ではない。黒い森とは、つまり、シュヴァルツヴァルト。ドイツ南西部の森林地帯だ。そこに生まれ育ったかれが、2001年の夏からクリエイションを指揮しはじめたとたん、ボッテガ・ヴェネタはふたたびファッション界の寵児になった。マイヤーさんの仕事はいま、世界のクリエイターたち、そしてファッション関係者の注目の的である。
 スモール・タウンの話にもどそう。
「とても小さな町でした。そして、スモール・タウンの若者の多くがそうであるように、僕もまた、いろんなものを見て、いろんなことを知りたいと思っていました」
 しかし、スモール・タウンであるがゆえに、そうした願いをかなえるチャンスは町にはない。だから、「スモール・タウンの若者は、とくにクリエイティブな個性の持ち主は、つねにフラストレーションをかかえる」ことになる。そして、焦げるような故郷脱出願望のとりこになる。マイヤーさんもまた、そういう若者のひとりだった。
 建築事務所を開いていた父親の影響で、かれは幼いころから日常的に芸術に接していた。家にはモダン・アートの作品がふつうにあったし、建築雑誌や建築の本はもちろんふんだんだった。両親はかれをよくミュージアムや展覧会に連れていきもした。そしていつのまにか、イタリアのファション雑誌を買いたいばかりに、50kmほど離れた都会にまで列車に乗って買いにいくような少年になった。マイヤーさんがファッションの道に進んでいく下地は、そうやって自然につくられていった。






パリへ


 高校を卒業したスモール・タウン・ボーイは、すぐにパリに行った。あこがれの大都会、街じたいが無料ミュージアムのようなパリへ。
 紆余曲折あって、ファッションとデザインを学ぶために「パリ・クチュール協会」付属のモード学校に入学したかれは、卒業するとそのまま、パリでアシスタントとしてクチュールの会社やプレタポルテの会社に入って修業時代をすごした。だが、あまりにもエネルギーにあふれ、次から次へとあたらしいクリエイティブなことに向かっていこうとするかれは、アシスタント向きではなかった。若くして独立ファッション・デザイナーになる道をえらんだ。70年代末から80年代はじめのころ、かれが20代前半の時期である。
 才能は発見される。1998年、40歳になるまで、フリーのデザイナーとしてかれは、常時6社、7社の顧客をかかえて仕事に明け暮れる日々を送る。87年から96年までの9年間はエルメスの婦人服を手がけ、それに重なって8年のあいだ、ソニア・リキエル・オムのコレクションもつくりだした。同時にレヴィヨンのファー・ファッションもディレクションするというように、かれのクリエイティブ・エナジーは燃えに燃えたのだった。
 そんなある日、マイヤーさんは疲労感を覚えて、フリーのデザイナー稼業をやめる。そして98年、米フロリダ州マイアミに居を移し、じぶんのブランドを立ち上げた。「まだだれも真剣には取り組んでいない服づくり」をしようと思って。
「コンセプトはフリータイム。まさに僕がそれまでやってきたことの正反対です。夜、家でくつろいでいるときの服、週末の服、ちょっとした小旅行のための服、飛行機の機内手荷物サイズのバッグ向きの、かさばらない、軽い服、そんな服づくりをはじめたのです」
 フリータイムのコンセプトをかかげたかれのビジネスは軌道に乗った。しかし、そのためにかえって、以前より「フリータイム」を失うことになったのは皮肉だったが。






トム・フォードからの電話


 マイアミを本拠にする生活がすっかりなじんだ01年はじめに、20年来の旧知の友、グッチのクリエイティブ・ディレクター、トム・フォードから電話があった。グループ入りするボッテガ・ヴェネタでクリエイティブ・ディレクターをしてほしいという要請だった。いまさら他人のために働きたくないという気持ちと、ボッテガ・ヴェネタを変身させる仕事に成功して、どんどんマーケティングに流されていくファッション・ビジネスに、別のやり方があることを証明してみせたい気持ちとがせめぎあった。結局、後者が勝って、かれはいま目の前にいる。そして、証明しようと企てたことを証明しつつある。ボッテガ・ヴェネタは、ブランド・ロゴを前面に出すこともなく、マーケティングに引っ張られたモノづくりにも流されず、究極的なハイ・クオリティの皮革製品とファッションを送り出して、専門家とマーケットのどちらからも高い評価をえてきているからだ。
「家賃ほどもするお金を払ってブランドのロゴが入ったバッグを買っているひとは、そのバッグが本当にいいと思ったからというより、じぶんがそれを買えるぐらいに成功したことに満足感をおぼえるために買っているのではないでしょうか」と、チクリという。そういうかれのつくるバッグもまた、「家賃ほどもする」値段のものがいくらでもあるのだが。しかし、いずれにしても、「ロゴまるだし」のものはない。
「僕はスタイルがある人のためにモノづくり、服づくりをしています。スタイルのある人は、かならずしもファッショナブルとはかぎらない。みんなと同じブランドのものがほしいわけではない。ずっと使える本当に高品質なもの、時代にふさわしい現代的なデザインのもの、そしていままでに存在しなかった、ビックリするような、けれど本当に機能的なもの――、そういうものを求めている人に評価してもらいたいのです」
 だから、クルマも徹底して個人主義的なものが好きだ。表紙のアストン・マーティンは、かれがリクエストした。
「美しいデザインのクルマが好きだから」と理由をいう。パリ時代は「変わらないしっかりしたデザインが気に入って」空冷のポルシェ911に乗っていた。さいきん試乗したベントレー・アルナージTは、とても気に入ったという。「見て乗ってたのしくなるクルマ」を買いたいし、そういうクルマのようなモノをつくっていきたい、といった。


1988年にデビューしたV8の最高性能版として1992年のバーミンガム・ショウでデビューした
1988年にデビューしたV8の最高性能版として1992年のバーミンガム・ショウでデビューした。V8用の5341ccのDOHC90度V型8気筒32バルブ・エンジンに、ルーツ式スーパーチャージャーをかけて、557psの最高出力を発生する。6段MTと組み合わされ、公称300km/hの最高速をうたった。スーパー・ロング・ノーズの古典的プロポーションゆえ、プロフィールが美しい。この個体は1995年型。(撮影協力=麻布自動車)
 
 
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