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リシャール・ミル&LANCIA STRATOS


目指すは時計のF1、究極の時計づくりです。


文=村上 政(本誌) 写真=森川 昇



フェラーリ1台分の時計

 まずは左のポートレート、リシャール・ミル氏の右腕にはめられた、見るからにメカメカしい複雑時計にご注目いただきたい。その名も、「リシャール・ミルRM004」。彼自身が2001年に立ち上げたブランドの4本目のプロダクトである。
 ピンク・ゴールドのケースを持ち、前面がスケルトンになった、このスプリット・セコンド・クロノグラフの日本での価格は1438万5000円。フェラーリ1台分にも匹敵する。だが、それでもこのブランドがこれまでに世に出した3本に比べればまだお値打ちだというのだから、ほかは推して知るべし。たとえば、第1作となった世界限定50本のトゥールビヨンには、2000万円近いプライス・タグがついていた。それがたちまち完売。一躍、時計業界の寵児となったのである。
リシャール・ミル&LANCIA STRATOS
 だが、ミル氏は時計師でもなければ、エンジニアでもない。あえて肩書をつけるとするなら、「時計コンセプター」。その意味するところを、ご本人はこう解説する。
「クルマの世界にたとえれば、エンツォ・フェラーリのようなものだと言えばいいでしょうか。彼はエンジニアではなかったが、クルマのメカニズムの発展に対しては、どれだけ貢献したか計り知れない。私も時計の分野に関して、そういう立場でありたいと考えているのです」
 今年53歳になるミル氏が大学で専攻したのは経済学。卒業後、航空宇宙産業から時計づくりまで手がけるフランスのコングロマリット、マトラ社に入社する。その時計部門の営業マンとして、今に至るキャリアをスタートした。やがて、マトラ社の時計部門が日本のセイコー・グループに買収されたため、セイコーに籍を置いていたこともある。その後、高級時計&宝飾メーカーのモーブッサンに移籍。社長まで務めた後、99年に退社して自らの会社をおこした。時計メーカーのほかにコンサルタント会社も持っており、オーデマ・ピゲ、バカラ、レポシとアドバイザー契約をしているという。
「長い間、私のキャリアは大企業の管理職としてのものでした。毎日数字に追われ、製品づくりに時間をかけられないことにストレスを感じていました。それで独立して自分の会社をおこしたのです。クルマの世界だったら、新しいエンジンを開発する時には、膨大な予算を組み、研究開発にたっぷりと時間をかけるのは当たり前のことですよね。でも、時計の世界では、それがあまりない。高級時計ブランドはいま数多くありますが、新製品を出す時に圧倒的に力を入れているのはマーケティング。ウケる商品づくりをするんですね。私はそれより現場の仕事に時間をかけたかった。自分の持つすべての技術を出し切った、究極の時計づくりに挑戦したかったのです」
 こう語るミル氏は、自らの時計づくりについて、目指すは時計のF1、といってはばからない。
「いまの時計業界をクルマの世界におきかえると、1920年代から30年代のレベルだと思うんですよ。技術的にはそれ以上ぜんぜん進んでいない。ところが、クルマの世界はF1を見ればわかるように、シリンダーがあってピストンがあってというエンジンの仕組みは同じでも、技術的にはまったく違った、ハイレベルなものになっている。私はそれを時計で実現させたかったのです」


70年代のスポーツカーが好き

 話を聞いていると、必ずどの話題もクルマに結びついてくる。大変なクルマ好きなのだ。クルマとの出会いは? クルマ好きになったのはいつ? と訊ねたら、「まだ母親のお腹の中にいる時から」という答が返ってきた。子供時代は南仏に住んでいたので、毎年のようにモナコ・グランプリを見に行っていたという。ジャッキー・スチュワート、ジム・クラーク、ジャック・ブラバムがミル少年にとってのヒーローだった。
「自分で初めて買ったクルマはシトロエン2CV。まだ学生の時のことです。会社に入って給料をもらってから、ルノー・アルピーヌA110を新車で買いました。75年型の1300S。そのあとは少しおとなしめのクルマ、ジャガーのXJ6などを乗りついで、いまは普段はレインジ・ローバーに乗っています。コレクターとして集めたクルマをトレーラーに載せて運ぶのに便利だからです」
 そう、ミル氏は目下、スポーツカーのコレクションに夢中なのだ。
「コレクターになったのは4、5年前から。いま持っているのは3台です。アリタリア・カラーのランチア・ストラトス。これは1973年のもの。それにローラT70のマークIIIクーペ。1968年製でフランスには1台しかありません。そして、もう1台がティレル009。シャシー・ナンバーは1番。1979年に総合5位になったF1マシンです」
 今回の表紙のクルマ、ランチア・ストラトスはミル氏のリクエスト。
 で、次に狙っているのは?
「フェラーリの512S。1970年代のル・マンで、ポルシェの917と対決したクルマです。いま買うとすれば150万ドルくらいでしょうか。時計をたくさん売らないと買えませんね。私が一番気に入っているのは70年代のスポーツカーなんです。その理由は、デジタル化する前のメカのエンジンを持ったクルマの最後の黄金時代だから。でも、自分がいま開発している時計は70年代のクルマではなく、現代のF1を目指している。ちょっと矛盾しているかもしれませんが、古い時計は大嫌いなんです。古い技術をみるなんて、ナンセンスだと思っている。見てもなんのセンセーションも湧きません」


通勤にも使えるF1マシン

 ミル氏は、2002年に始まった「ル・マン・クラシック」の代表スポンサーの一人でもあり、「ル・マン・クラシック」の名前を持った時計のシリーズも手がけている。こちらはリシャール・ミル・コレクションとはコンセプトも価格も違い、落ち着いたクラシックなデザインで、価格も60万円台からと、まあお手頃。それに比べて、たとえば、このRM004は高すぎやしませんか?
「ひょっとするとクロノグラフで世界で一番高いかも知れませんね。ランゲ&ゾーネの2倍以上するでしょ。トゥールビヨンだったら高くて当たり前といという観念があるのに、クロノグラフはそうでもない。でも、違うんです。トゥールビヨンであろうがクロノグラフであろうが、それ以前に究極の機械なんです。クロノグラフはたんなるプラスにすぎない。ムーブメントは444個のパーツで構成されていますが、組むだけで半年以上かかりました。しかも、この時計は究極のメカが搭載されながら、日常にも使える。通勤にも使えるF1マシンのようなものですよ。マクラーレンのF1でショッピングに行くことを想像してみて下さい」
 高いのは当然というわけだ。いや、それどころかこんな話も飛び出した。
「この年末にはクロノグラフ機能のついたトゥールビヨンを出す予定です。値段は4000万から5000万円くらいになるでしょうか」
 さすが、目指すはF1!


通勤にも使えるF1マシン
 
名門ランチアが、WRC制覇を目標に開発したミドシップ・スポーツカー
名門ランチアが、WRC制覇を目標に開発したミドシップ・スポーツカー。デザインはランボルギーニ・カウンタックを手がけたことで有名なマルチェロ・ガンディーニ(当時カロッツェリア・ベルトーネのチーフ・スタイリスト)。ミドに横置きで搭載されるエンジンは、フェラーリ製のV6、2.4リッターディーノ・ユニット。最高出力190ps/7000rpm、最大トルク23.0kgm/4800rpmを発生し、最高速度230km/hを誇った。ピレリ・カラーに塗られた写真のクルマは、1975年製のグループ4カー。1974〜76年、WRC3連覇の偉業をなし遂げた立役者の1台で、大きく張り出したリアフェンダーを持ち、全幅は1860mm(ノーマルは1750mm)となっている。
 
 
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