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内田 樹&BUGATTI VEYRON 16.4


気配のある「小林秀雄賞」批評家、かく語りき。


文=鈴木正文(本誌) 写真=森川 昇



知的風雲児

 内田樹(たつる)さんは神戸女学院大学文学部の教授であるとともに、『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)によって第6回(2007年)の「小林秀雄賞」を受賞した批評家でもある。学問の専攻は難解をもって鳴るフランス現代思想。もともとはユダヤ人思想家、エマニュエル・レヴィナスの研究者として知られた人だけれど、横溢する好奇心と博覧強記の学識、そしてオリジナルな発想をもってして、村上春樹論をはじめとした文学論やハリウッド映画論、政治や社会・風俗のアクチュアルな動向にかかわる時局論、さらに学生時代から続ける武道修行のうえに立った武道論、はたまた家族論や女性論にいたるまで、言論界で文字通り八面六臂(八つの顔と六つのヒジ)の活躍を見せるいまもっとも旬な知的風雲児である。ちなみに、この人のブログ(「内田樹の研究室」)は、累計1000万ヒットを超す知的方面での人気ナンバーワン・ブログです。
内田 樹&BUGATTI VEYRON 16.4
 あいにくそのブログは見ていないけれど、30冊はくだらない著書ならほぼ全部読んだ僕にいわせれば、それもむべなるかな。難解であるはずの思想を難解と感じさせずに腑に落ちさせる語り口の魅力もあって、内田さんの書くものは、まずハズレなしにおもしろく、ここちよい知的刺激に満ちているからだ。
 さて、公道を走る最強のクルマ、1001馬力のブガッティ・ヴェイロンの横になにげに立った内田さん、そのすっくとしたきれいな立ち姿が印象的だった、だけではない。スタジオ全体の空気がそのときピンと張って、おごそかなまでの静けさに打たれた。内田さんはあくまで柔和な人だけれど、それにもかかわらず、その場にいた全員の「気持ちの背骨」がまっすぐになった、という感じだった。その気配の震源は、合気道6段、居合道3段、杖道3段のたぐいまれな武道家である内田さんだ。



支えられること

 「気配が出てましたね」というと、「過分なおことばを」と返してきたけれど、あれは「殺気」といわれるものだったのにちがいない。なぜって、もしそのとき、かれに殴りかかるなり斬りかかるなりするとしたら、それはまったく無謀な自殺行為にしかならないぞ、とおもわせる「スキ」のなさがオーラ=霊気として、ヴェイロンの横に立ったかれの全身を覆っていた。僕はそう感じたのである。
 「オーラかどうかはともかく、じぶんの“側”がゆるくなってくるんですよ。じぶんの外壁みたいなものが開いていって。ああいう大きな、しかも、いろんな人の欲望とか夢とかが入り込んでいるもの(ヴェイロン)は、ものすごく強い磁力を出してますから、そういうものがそばにあると立ちやすいんですね」
 身体論的というのか、コミュニケーション論的というのか、深遠なコメントが発せられた。
 「じぶんの外壁をガチっと固めて、こっちがオレでこっちからが外ってやってると、はじめて武道をやる人にそれが多いんですけど、外とガツンガツンとぶつかって、なにか一個入ってくると、すぐグラっと揺らいでしまう。固いものって弱いんです。このブガッティみたいにすごい強力なものがそばにあるときにガッてがんばってると、ものすごく不安定になる。ところが、じぶんの外壁に穴を開けて、いろんなものが外から入ってくるようにすると、非常に強力な壁が横にあったときは、そこによっかかって支えてもらえるから、じつは立ちやすいんです。支えのないところでひとりでポッと立っていると、もっとバランスが悪くなります」
 横にある壁だけでなく、まわりにいる人もつっかえ棒になるという。寄りかかれる支点が増えるぶん、それだけ楽になってくる、と。わかってないふうの僕を見て、内田さんは、「依代(よりしろ)ってあるじゃないですか」とつづけた。



能の仕舞い

 依代とは神霊が招き寄せられて乗り移る樹木とか岩とかのことだ。
 「巨石とか巨木とかはだいたい信仰の対象なんだけど、やっぱりデカイものってそれだけでパワーがある。そういうものの近くにいくと、引き付けられる。なにかに引き付けられるとバランスがとれるんですね。複数そういうものがあると、もう脱力しても立っていられる。それをとくに感じるようになったのは能をやりはじめてからですね」
 11年前から観世流の仕舞いと謡の稽古をやっているという。稽古のときに気づいたのは、「舞台に出て、じっさいに後ろに囃子方がいて、奥に地謡がいるところでやっていると、だれもいないときに動いているのと、動きが全然ちがう」ということだった。さらにお客がいると、なおさらちがう。「ひとりでやっているときは、じぶんでバランスとらなきゃいけないんですけど、そこに人がいるだけで、自然にあるところで引力が、あるところで斥力がはたらいて」動きがスムーズになるのだそうだ。
 これは身体論的にいえば、じぶんの身体が他者の身体と感応して、いわば「共身体」とか「複素的身体」とでもいうべきものになり、単独の身体であるときよりも飛躍的に性能を上げる、ということになるのだけれど、そのへんのくわしいことは内田さんの新著『ひとりでは生きられないのも芸のうち』(文藝春秋)のなかの「敵をつくらないテクニック」などに当たってもらいたい。とはいえ、この「共身体」の性能については、取材のときにたまたま出たイチロー選手の「背面キャッチ」の例が理解を助けるかもしれない。
 「背面キャッチなんて視覚で視認してから動いてというのじゃなくて、もうじぶんが見てなくても(スタジアムにいる)5万人が見てて、あ、ボールがいまあそこにあるっていってて、いまここにある、だからいまここで止まって振り返るとキャッチできる、とみんながおもってるわけだから、それをイチローが体感してスッと振り返ってとっている、とれる、ということなんですよ」
 イチローの身体が観客の身体もふくめた「共身体」になって背面キャッチを可能にする、というわけだ。



中間共同体

 この「共身体」の例は、たんなる身体論的洞察として意味があるだけではない。グローバリゼーションという名の市場原理主義によってズタズタに引き裂かれ、人間と人間が相互支援、相互扶助する代わりに争い奪い合い、二極化と空洞化に翻弄されるようになった現代社会の、人間的な再建の方向性を見定めていくうえでも、それはヒントになる。
 内田さんは「市場ベースとか国家ベースでなくて、中間共同体ベースで、相互支援、相互扶助のシステム」をつくっていくことを提唱しているのだが、その「中間共同体」というのは「共身体」に似ている。内田さん個人に引き付けていえば、道場とか、あるいは「甲南麻雀連盟」とか、そういう大げさでない共同体になるのだけれど、共同体の趣旨はじつはあまり問題ではない。「ヒューマン・スケールの、手が届く距離、スープが冷めない距離の共同体」であって、おたがいがおたがいを認めあい、支援し、尊敬しあいながら、人間と人間が「周波数を同期」させることができるものであればいい。そういう共同体は、それぞれがじぶんの「外壁」に穴を開けて「いろんなものが外から入ってくる」ようにすれば、ひとりひとりの人間的性能を、いわば「共身体」的に引き上げてくれるからだ。それは「つっかえ棒」や「依代」となって、僕たちをこの社会のなかで、もっと楽に、しかしすっくと立たせてくれるはずだ、ということか。
 内田さんはやっぱりおもしろい。



公称407km/hの史上最速の2座グランド・ツアラー、ヴェイロンがデビューしたのは、2005年
公称407km/hの史上最速の2座グランド・ツアラー、ヴェイロンがデビューしたのは、2005年。くわしくは、この号の134ページからのスペシャル記事にゆずるが、8リッターW16をミドに搭載、4輪を駆動して、0-100km/h2.5秒の異次元的加速を実現する。1001ps/6000rpmに1250Nm/2200rpm! 最高300台までの予定で限定生産される。
 
 
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