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中嶋一貴&TOYOTA 2000GT


じぶんが最速だ、と「ある程度」おもっている。


文=鈴木正文(本誌) 写真=森川 昇



穏やかな空気

 優男の定義のひとつは、「風姿の優美な男」。スタジオにやってきたウィリアムズのF1ドライバー、中嶋一貴選手の色白面長の顔を見て、そして折り目ただしいけれど堅さはない身のこなしと声音に接して、200年ぐらい前にワープし、公家衆の優男に出くわしたみたいだ、とおもった。まわりの空気がしだいに溶けていくような、そんな穏やかな存在感をもっている。
 初詣でとか、行くんですか? という妙な質問が出てしまった。
 「もともとウチの父が、そういうのは信心深くて、毎年、伊勢神宮に家族でずっと行ってました。1月の遅い時期に。2008年もひとりで行きました。1月の3日とかに。もうすごい人で、この時期に来るもんじゃないな、とおもいましたね」
中嶋一貴&TOYOTA 2000GT
 神宮前の有名なアンコ餅屋さん「赤福」は、そのときは例の賞味期限問題で閉まっていたけれど、かわりに夏の休みに鳥羽に行ったときに食べてきたという。「ウチの父」とは、もちろん、日本人初のレギュラーF1ドライバーとなった中嶋悟さんのことだ。ものごころつくころから父のレースを見て育ち、かつての父同様、世界最高峰の自動車競技の選手となった若者とのインタビューは、こんなふうに穏やかにはじまった。一貴選手のソフトで構えない人間的器が、場をやわらかくしたせいで。
 F1ドライバーの短い休息は1月なかばぐらいまでだ。チームのための取材や撮影に応じることから新年の仕事がはじまり、スペインのヘレス・サーキットでおこなわれる新車のテストがそれにつづく。テストから戻っていくのは、日本ではなく、イギリス、オクスフォード。2006年にF3ユーロ・シリーズに参戦して以来のイギリス住まい。いまあちらではトヨタ・オーリス(旧カローラランクス)に乗っている。2.2リッターのターボ付きディーゼル車で、「けっこう速い」そうだ。天気のいい日には気ままなドライブに出かけるのがたのしいという。「イギリスはきれいなところが多いですから」と、いたって平熱な感じの日常生活をしのばせる。ちなみに、日本にいるときは、F1ドライバーになる前から乗っていたアルテッツァに乗る。
 「オーリスもマニュアルですが、やっぱり後輪駆動のアルテッツァは乗ってておもしろいですね。いろいろと遊べるので」
 ふつうのクルマを運転することも好きなのである。



チェンジの2009年

 2009年はF1にとって大きな変革、バラク・オバマ風にいえば「チェンジ」の年になる。
 レギュレーションが大変更されるからで、結果として、各チームのマシンの様相は一変する。空力的付加装置にたいする規制が強まり、その代償としてメカニカル・グリップを上げるためにスリック・タイヤが復活する。そして、運動エネルギーの回生システムであるKERS(キネティック・エナジー・リカバリー・システム)が搭載され、エンジンも2008年の2レース使用から3レース使用へと、より長期の継続使用が求められる。各ドライバーは、ドライビング・スタイルそのものも、当然、「チェンジ」していかなければならなくなるだろう。
 とはいえ、F1マシンのドライビングがハードワークでありつづけることは変わらない。いまやパワー・ステアリングなのでハンドルじたいは「それほど重くない」し、シフトもパドルによるから、その点ではかつてよりも肉体的負担が減ったとはいえるが、制動時や全開コーナリング時に頻繁に発生する5G前後のGに耐えるためには、強靭なインナー・マッスルをつくっておかなくてはならない。当然、たゆまぬ鍛錬が必要で、一貴選手も筋力トレーニング、長距離とスプリントのランニング、自転車こぎ、水泳などを組み合わせた運動を、トレーナーの指導を受けて定期的におこなっている。
 「GP2などのカテゴリーも含めて、F1に乗るまえのレースではクルマを運転しているという感じだったのが、F1ではホントに戦闘機に乗っているような感覚に近いですね」
 なるほど、F1パイロットといわれるわけである。



「ある程度」

 昨年はじめてフル・シーズンをたたかった24歳。チーム・メイトのニコ・ロズベルグとは同い年で、これからドライバーとして油が乗ってくるころあいだろうし、競技人生をつづける以上は、そうなっていかなくてはならない。
 じぶんがいちばん速いとおもっていますか?
 「ある程度、そういうふうにおもってやってますね」
 ある程度、というのは、ちょっと微妙ないいまわしである。
 「いろんなドライバーがいて、そういう思いの強い弱いが多少あるでしょうけど。ガイジン選手はみんなじぶんがいちばん速いとおもっているというのが、体中から出てますよね。僕はわりかし謙虚かな。控えめな性格でもあるので。たぶん、じぶんがいちばん速いと思い込むと、アドバイスとか受けつけなくなるとおもうので、そうなるよりも、ある程度じぶんを客観的に見て、成長させられるところは成長させていこうといういまのスタンスでいいのかな」
 と、「客観的」に、そして「控えめ」にじぶんを語る。しかし、だからといってチャンピオンになることを目指していないわけではない。
 「ええ、目標はチャンピオンです。いまの状況ではまだ現実的な目標とはいえないですけど、レースをしている以上、できるだけいい結果を出すこと――、ひとつのレースについていえばそこで優勝することが目標ですし、つねにそうなれるようにやってます。チャンピオンというのは1レース1レースの積み重ねなので、まずはその1レースでできるだけいい結果を出せるように、というのが現実的な目標ですね。僕はどちらかというと、目の前にあることをひとつずつ、というタイプなので」
 だから、威勢のいい大風呂敷はひろげない。
 「残念ながらそういうタイプではないんですね。ある程度、じぶん自身にプレッシャーをかけすぎないというのもあるんでしょうけど、ホントに出来ることを一個一個やっていくというタイプなんです。じぶんのスタイルとしては、あまり大きなことをいわないんです」
 ソフトでクールだ。
 父親の活躍を見ながら育ち、幼いころからカート・レースに親しむうちに才能を開花させ、ついにはF1のシートを獲得したのだから、一貴選手はやはり並みのレーシング・ドライバーではない。したがって、前途は洋々である。
 「まずは表彰台に上がる。そして優勝、というのがじぶんのなかでの次のステップだとおもっています」
 根拠もなく過剰な期待をかけるのは慎みたいが、一流選手は、寄せられる期待が大きければ大きいほど、それをみずからの力として、大きく飛躍していくものだ。ならば、優男、一貴選手への期待を遠慮すまい。
わずか337台のみがつくられた日本で初とされる高級グランド・ツーリング・クーペ
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1967年から1970年までに、わずか337台のみがつくられた日本で初とされる高級グランド・ツーリング・クーペ。発売当時の238万円という価格は、いまならさしずめ1500万円以上になる、といわれる。ヤマハ発動機の技術供与を得て開発され、生産もヤマハに委託された。ヤマハ開発のDOHCヘッドを持つ直6の2リッターは、150psを発生、200km/h超の最高速を実現した。X型バックボーン・フレームを持つシャシーに、トヨタ車としてはじめて本格的なダブル・ウィッシュボーン式の4輪独立サスペンションを与え、鋳造マグネシウム・ホイールがおごられた。この個体は道本和照氏が日常使用しているレアな現役車である。
 
 
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