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from EDITOR|ENGINE 2010.3 No.114


 自動車ジャーナリストの下野康史(かばた・やすし)さんは、むかし、僕の年下の先輩だった。34歳のとき、僕は下野さんがいた職場に転職したのだった。創刊されることになっていた月刊自動車雑誌の編集部の新メンバーとして、希望に燃えて。
 すでに10年ほどやっていた前の仕事は、海運・造船の業界紙の英字版の記者で、それは一般向けのメディアではなかったし、クルマはふつうに好きだったにしても、人に誇れるほど深い知識もなかった。
 それでも、中年の域に達していた僕が転職を決意したのは、好きなクルマにどっぷりつかっていたい、とおもったのと、新雑誌の編集長になることが決まっていた大川悠さんを尊敬していて、かれと一緒に仕事をしたかったからだった。家族がいたけれど、そして家族には申し訳ないことだったけれど、じぶんのやりたいことばかりが先に立って、転職にともなうリスクについてはほとんどかんがえなかった。
 大川さんは、僕が熱心に読んでいた「カー・グラフィック」の元編集次長だった人で、かれの書く記事全般、なかでもフランス車やアメリカの自動車業界の記事には、いつも目を見開かされていた。かれのあたらしい挑戦に、微力ではあっても貢献できれば、とおもってもいた。
 なにしろ、それが成功する保証など、どこにもなかった。大川さんの立場に立てば、当てにできる戦力は、すでに「カー・グラフィック」の若手記者としてなみなみならぬ筆力を発揮していたカバタさんぐらいしかいなかった。それが創刊半年前のことで、新雑誌の名前はまだ決まっていなかった。どんな雑誌にするのか、という話は毎日のようにしていた。大川さんは、新車を買おうとおもっている人たちのガイドになるような、そういう普通の自動車雑誌をつくろうとはしていなかった。新車批評誌ではなく、自動車を文化として、ライフスタイルとして、あるいはビジネスとしても見据えるニュー・タイプの自動車をめぐるメディアにしたい、というのがかれの抱負だった。
 ほどなくして、おなじ職場の別の部署から、いまはやっぱり自動車ジャーナリストとして活躍している小川フミオさんが新編集部にくわわり、ある昼下がり、職場近くの喫茶店に大川さん以下4人が集まって誌名を決める相談会をしたことがあった。NAVIという新雑誌の名前は、そのときカバタさんが提案した。
「それ、いいね。ドライバーをガイドするナビゲーターか。新雑誌は自動車社会のナビゲーターだ」と、大川さんがいって決まった。
 創刊号は予定通り、1984年の2月26日に発売になった。
 新雑誌は、そのころの自動車誌にはめずらしかったとおもうけれど、毎号、巻頭に大ページをさいた特集をもってくることにし、創刊号では自動車をドライブするのにもっとも適していない世界の首都、ニューヨークに、どんなクルマが、どんな環境で棲息しているのか、その取材の成果をもって特集としよう、ということになった。大川さんとカバタさんが担当したその特集には、「ニューヨーク自動車生態系」というタイトルがつけられた。ニューヨーカーのクルマとのかかわりを紹介する取材記事を、編集部員のひとりとして校正紙で読んだ僕は興奮した。そこには、あたらしい自動車ジャーナリズムの芽生えがある、と我田引水ながらおもったのである。
 僕は、自動車批判派の人にインタビューする「自動車? ノー・サンクス」という企画を立てて、その連載の1回目を執筆するのと同時に、新車をだしにして編集部員がいいたいことをいう「やぶにらみ」というエッセイのコーナーの、最初の書き手にもなった。
 僕はそのコーナーで、デビューしたてのホンダ・シティ・ターボ?を、やぶにらむことにした。そのころ僕はシティ・ターボに乗っていて、それなりに満足していたのだけれど、ホンダがもっと過激なルックスと中身の?を出したばっかりに、じぶんのクルマが急に色褪せて見えてきたことに憤懣があったからだ。小さな私怨を記事にしたわけで、NAVIではそんなことも許された。
 そういえば、大川編集長は、既成の自動車雑誌ではやらないような企画をとりあげるときに、ナビにひっかけて「ナんでもビっくり」精神、とシャレをいっていた。そのシャレはいまに至るまでの僕の指針だ。そしてカバタさんは、クルマの運転とクルマの記事の書きかたを僕に教えてくれた先生だった。僕はNAVIの栄養をいっぱいもらって育った。
 そのNAVIが2月26日発売号をもって休刊になる、というニュースが新年早々に流れた。その報にことばもないが、26年前の日々は僕のなかに生きている。   (鈴木正文)
 
 
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