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from EDITOR|ENGINE 2011.2 No.125


成田に向かっていた。いつもの964型911カレラ2カブリオレで。
 飛行機には十分間に合うタイミングだったから、とくに急いでいたわけではなかった。東関東自動車道もさほど込み合ってはいなかった。法定速度の20%増しぐらいのスピードで、慌てず、コンスタント・スピードで走っていればよかった。
 たいして込んではいなくても、走行車線上で遅いクルマに追いつくことはある。それを抜くために追い越し車線に出て、追い抜きが完了すれば走行車線に復帰する。ただ、それだけのことがスムーズにおこなえれば、それで僕は満足だった。
 しかし、そうもいかないこともある。そのとき、僕は走行車線で白い商用バンに追いつき、追い越し車線に出た。その追い越しレーンには、少し前方に黒くペイントした真四角の国産2ボックス車が走っていた。黒いクルマと走行車線の白い商用バンとでは、速度差がほとんどなかった。僕は減速せざるを得なかった。スピードメーターの赤いニードルは100km/hのあたりを指し、僕は商用バンと並んで走るのだった。
 僕は、黒い2ボックス車のテール・エンドに、より接近した。追い抜くことを望んでいる後続車があることを知らせたかった。真四角な黒いクルマのブレーキ・ランプが瞬時、赤く点灯した。その2ボックス車の前に、見えるかぎり車影はなかったから、顔の見えないそのドライバーが減速しなければならない合理的な理由は、僕には思い当たらなかった。でもたぶん、過度に接近するな、と僕に警告のサインを送ったのだ。2ボックス・カーは、その後も100km/h巡航をつづけ、したがって僕は白い商用バンと並んで走った。
 おなじことがもう一度あって、その直後に、黒い2ボックス車は急に加速して、まるで並行移動するような急ハンドルを切って走行車線に移った。僕はただちに加速して、それを追い抜き走行車線に戻った。リア・ビュー・ミラーに映った20代そこそこぐらいの男性ドライバーは、口に紙コップをくわえて、携帯電話を耳に当てていた。そして、僕が走行車線に戻るやいなや、また追い越し車線に復帰した。しかし、100km/h+で走る911を、黒い2ボックス車は抜こうとしなかった。
 僕たちの社会は、とくに危険がないかぎり、より速く走るクルマが、より遅く走るクルマを追い越す権利を認めている。だから、高速道路に追い越し車線があり、一般道に白くペイントされた破線のレーン区分がある。そして、追い越し車線に出たクルマのドライバーは、ファスト・レーンに入った以上、できるだけ速やかにその権利を行使して、走行車線に戻る義務がある。そうでなければ、ファスト・レーンを不当に占有して、他者の追い越す権利を侵害することになるからだ。
 紙コップをくわえながら携帯で話していた若者だけではない。高級車に乗って100km/h内外の速度をキープし、延々とファスト・レーンを走る「紳士」を幾度見たことだろう。あるとき、望ましくはないけれど、たまたまガラガラだった走行車線を利用して、そういう紳士のひとりを抜いたことがある。紳士は抜かれざま、目が合った僕に、「バカヤロー!」と怒鳴った。
 推察するに、日本の高速道路の制限最高速度は100km/hなので、100km/hを維持して追い越し車線を走っているとき、それを順法的に追い抜くことは理論的にはだれもできないのだから、たとい追い越し行動に出ないまま追い越し車線を走っていても、100km/h走行時に進路を譲る必要はないし、そのとき進路を譲るように迫る者があれば、その者が不当な行為をしているのだ、と100km/h紳士たちはかんがえているのではないのだろうか。
いまや、100km/hは特権的な速度ではまったくない。それは万人の速度だ。それゆえ、追い越し車線はもはや、ほとんどの場合、ファスト・レーンではなくなっている。速く行く権利は名ばかりのものになり、追い越しに関するかぎり、僕たちは事実上、権利喪失状態に放置されている。100km/hの平等が、ファスト・レーンを走るクルマを抑圧しているのだ。
 英語の成句に、「ライフ・イン・ザ・ファスト・レーン」(追い越し車線の人生)というものがある。リスクを冒しながらも人より速く生きていく者の生きざまをいっている。僕たちはスロー・レーンを生きてもいい。
 同様にファスト・レーンを生きてもいい。ファスト・レーンを行く者がスロー・レーンを生きる者の権利を奪わないならば、そうしたい者はファスト・レーンを生きる権利がある、と僕はおもう。リスクを取らない追い越し車線の100km/h紳士は堕落していまいか。 (鈴木正文)
 
 
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