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from EDITOR|ENGINE 2011.6 No.129


 そうなりたいわけではないのに、人間はいくらでも小さくなることができる。たとえば、こんどの地震と津波と原発事故――のまえで、僕たちは小さくなった、とおもう。
 小さいころ、僕は小さい人間だった。いま、大きい人間になった、というつもりはない。ただ、もっと小さい人間だった。そして、父とか、隣の町工場のお兄さんとか、ときどき家に来る高校教師だった父の教え子たちとかは大きかった。大きくて、強くて、そんなかれらは、小さくて弱い僕からは果てしなく遠くにいる人たちにおもえた。じぶんがいつか、あの人たちのように大きくて、強い人間になれることがあるのだろうか、といぶかった。
 大きい人たちは、僕の知らないことをすでに知っていて、僕が見たことのないものをすでに見ていて、僕が行けないところにすでに行っていて、キャッチボールをすれば速くて強い球を軽々と投げた。
 それなのに、大きくて強い父が、酔ったときに小さく見えることがあった。そんなとき父は、学生のころはテニスのチャンピオンだったといって自慢した。そして、強い選手だった証拠がここにある、といって腕まくりすると、左のそれよりずっと太い右の腕を僕に見せるのだった。
 ある夜のことだった。深く酔った父が、腕をまたまくった。僕はもうそれを見たくなかったから、見て見ぬふりをした。怒った父は、ちゃんと見るんだ、と強くいった。いや強くいったつもりだった。しかし、酔いすぎていたせいか、声が嗚咽のようによろめいた。父が僕とおなじぐらいに小さく見えた。
 そのとき、父はなにかがうまくいっていなかったのだろうか。じぶんが小さくおもえて、そしてその想いを振り払いたくて、もっと大きかったころのじぶんの、身体に残された証拠をたしかめようとしていたのか、といまの僕はおもう。もっと小さな人間の僕を証人にしてまで。
 僕たちの人生は、たいていはあまりうまくいっていない。ときどきは、ひどくうまくいかない。そんなとき、僕たちは小さくなって、その小ささにひざまずきながら、じぶんをかえって大きく見せようとすることがある。そのとき、もっと小さな人間を、目撃証人にえらぶのかもしれない。
 似たことが、集団的なスケールでもありはしないか、と震災後の僕はおもいはじめている。
 3月11日からこっち、頻繁という以上に頻繁にテレビで流されているACの公共広告CMで、「日本は強い国です」と、タレントたちが悲壮感すらただよわせる強い台詞まわしでいうのを聞いているうちに、父が子どもの僕に差し出した左より太い右腕が幻影のようによみがえった。あの広告の半分は、これまで日本人が絶望的な災禍を克服して、幾多の廃墟から立ち上がってきたことを思い起こさせる。けれど、もう半分は、この災厄をもたらした成りあがった日本の、ある種の奢りに向ける目をそらしている、とも僕にはおもえた。
 あの人たちは、「日本は強い国です」とか「日本を信じてる」とかいっているけれど、そのときの「日本」とはなんなのか? いや、「日本」のどんな強さを信じているのか?
 あのCMを見ることができた被災者のなかには、それに勇気づけられている人が多くいるだろう、と僕は想像する。そうでなければ、あれだけ毎日、毎時間、くりかえし放映されることはないだろうから。
 けれど、僕はあれを見て、悲しくもなった。あのCMの人たちのいう「日本」のなかに、意識的ではないかもしれないけれど、覇者としてのみずからが身に着けてしまった奢りの匂いも感じたからだ。あるいは、むかしチャンピオンだった男の、亡霊のような自負が、場違いにヌッと出てきたような違和感を。
 むかしじぶんは大きくて強かった、とだれかがいいはじめたとき、そのだれかは小さくなっている。じぶんがそう思いたがっているほどには、おそらくいま大きくない。強くない。
 僕の父も、チャンピオンだったときには、だれかにチャンピオンであることを信じてほしい、とはいわなかっただろう。ただ、コートを縦横に駆けめぐって、あるときは強打を決め、あるときは球にくらいついてレシーヴしていたにすぎなかっただろう、と想像する。だから、強かったのにちがいない。
 僕たちはいま、打ち砕かれた。じぶんがそう信じたかったほど、僕たちは大きくも強くもなかった。「日本」は「強い国」ではなかった、といわざるをえない。それでも、僕たちは強いかもしれない。いや、強いだろう、とおもう。それなら、強がらなくてもいいではないのか。大きいと思っている人間は小さくなるだけだ。いま小さい人間だけが大きくなることができる。     (鈴木正文)
 
 
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