マクラーレンが放った久々のロード・カー、MP4-12Cに英国・ダンスフォールドで乗る。 |
MACLAREN MP4-12C
正しいスポーツカー! 英国サリー州ウォーキングに本拠地を置くマクラーレンは、その近郊にあるダンスフォールドという飛行場をテスト・コースにしているという。 BBCの「トップ・ギア」にも登場するそこで、MP4-12Cに初試乗した。 文=村上 政(本誌) 写真=マクラーレン・オートモーティブ 広大なダンスフォールド飛行場の上には、厚い雨雲が低く垂れ込めていた。毎日こうだったら夏目漱石ならずとも神経症になりそうな重苦しく陰鬱なイギリスの空の下で、私はマクラーレンMP4-12Cの初めての試乗に臨むことになった。 ウォーキングの本社敷地内にテスト・コースを持たないマクラーレンは、この飛行場をMP4-12C開発のためのテスト・コースに使ってきたという。なんの変哲もない田舎の古い飛行場だが、イギリス中の、いや最近では世界中のクルマ好きに知られているのは、ここにBBCの人気番組、「トップ・ギア」に登場するタイム・アタック用のトラックがあるからだ。8の字を描くように走るそのトラック(といっても、単に滑走路を繋いでコースをペンキで描いただけのものだが)を、マクラーレンも共用しているのだという。そして実際にこの日、私もそこを思いっきり走ることになったのである。 飛行場の奥深くに、マクラーレンは小さな建物を構えている。そこを拠点に、半日の試乗会は行われた。最初に3台の試乗車を前に簡単なコクピット・ドリルを受けた後、さっそく試乗プログラムに入る。1台は一般道用の右ハンドル仕様で、飛行場を出て、周辺の試乗コースを走るために供された。そして、残り2台は飛行場内を走るための左ハンドル仕様である。残念ながら、試乗時間はごくわずかなものだったが、それでも乗りさえすれば、なにかがつかめる。ましてや、こんな突出したスーパー・スポーツカーならなおさらだ。私はまず一般道から体験することになった。
ドアには把手がない。その脇に立ち、ドア上部の膨らみの下を撫でるようにしてロックを解除し、ドアを押し上げて開く。まるで手品みたいだ。サイド・シルはロータス・エリーゼ並みに太く高いから、乗り込むのはちょっと大変だが、ドアがハネ上げ式で開口部が大きいため、エリーゼほど窮屈な思いはしない。 運転席に乗り込むと、お尻から足先までが、カーボン製のバスタブの底に穿たれたスペースにすっぽりと収まった。驚くのは、その着座位置の低さと、前方視界の良さだ。思い切り低いところに座っているのだが、ダッシュボード上部はその時の目線よりもさらに低いところにあるから、なにも視界を遮るものがない。そしてもうひとつ重要なのは、シートに対して寸分違わずに正対してステアリングがあり、回転計があり、ふたつのペダルがあることだ。すべてがドライバーに対して正しい位置にある。この文法は右ハンドルでも左ハンドルでもキッチリと守られていた。 コクピットの風景は驚くほど簡素だ。まるでレーシング・カーのように、運転に必要なものしか付いていない。正面にあるメーターは巨大な回転計ひとつだけ。速度はその右下の小さな液晶パネルに表示される。回転計の両脇にも大きな液晶パネルがあって、様々な情報がわかりやすく表示されるようになっている。 ステアリング・ホイールの裏側にはシーソー式に左右がつながったシフト・パドルがある。マクラーレンはF1マシンでも、これと同様のものを使っているのだという。操作感はカチッとしていてわかりやすい。
空港の敷地を出ると、イギリスの典型的なカントリー・ロードに入った。路面は少々荒れ気味で、ところどころに小さな凹凸も出来ているが、その道をMP4-12Cはまるで苦にする様子もなくフラット感を保ちながら駆け抜けていく。この乗り心地の良さは驚異的だ。聞けば、4つのダンパーの油圧経路を繋いで相互に関連させながら制御する、プロアクティブ・シャシー・コントロールというシステムを導入しているという。ヤマハが開発した「Xリアス」にも似たもののようだが、どうやらその出来ばえが抜群にイイらしい。 センター・コンソールには車両特性を変えるふたつのダイヤルが付いている。Pはパワートレイン、Hはハンドリングで、それぞれ、ノーマル(N)、スポーツ(S)、トラック(T)の3種類から選択できる。PのダイヤルをSに入れると、アクセレレーターのピックアップが俄然鋭さを増し、排気音も明らかに一段と大きく、高くなった。さらにTにして右足を踏み込んだら、もっと高音の動物の鳴き声のような音を響かせて怒濤の加速を始めたのである。 ダンスしているように走る
それにしても、この超絶ハンドリング・マシンが、公道でも毎日使えそうなくらい乗り心地がいいのだから、それが最大の長所かも知れない。ただし、フェラーリと絶対的に違うのは、マクラーレンには、色気や遊びの要素などまったくないことだ。すなわち、どこまでもマジメな“正しいスポーツカー”なのである。 ![]() ドアは斜め上方に持ち上がるようにして開く。マクラーレンでの呼称は、ディへドラル(二面角)ドア。把手はなく、ドア上部の膨らみの下を手で撫でるとセンサーが感知してロックが解除される仕組みだ。ミドに収まるV8ツインターボは、ガラス製のフードを通して眺めることができる。フードの後端には少し隙間があり、熱を逃がすようになっている。フルブレーキング時には、巨大なエア・ブレーキが立ち上がる。 ![]() レーシング・カーのように素っ気ないコクピット。走りに必要なものだけが、最適の場所に配置されている。走りに関する重要なスイッチ類はすべてセンター・コンソールにまとめられており、車両特性やギアのポジションはボタンとダイヤルで選択する。メーターは巨大な回転計のみ。7600rpmからレッドとなる。その左右の液晶パネルに必要な情報はすべて表示される。写真のカーボン・パーツはオプションで、左の写真のようなアルミ製パネルが標準装備される。
リア・ビュウで特徴的なのは、エア・ブレーキにもなる巨大なウイングと、スリットの間から覗くふたつの排気口だ。こんな高い位置にあっても、世界各国の法規をパスしているという。1.3t強の超軽量ボディに、600psのターボ・パワーとくれば、アクセレレーターの踏み方次第で容易にパワー・スライドに持ち込める。
(2012年9月号掲載)
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